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東京地方裁判所 平成10年(ワ)19747号 判決 2000年7月28日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

堀浩介

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

樋口公啓

右訴訟代理人弁護士

渡辺修

冨田武夫

右当事者間の地位確認等請求事件について,当裁判所は,平成12年5月12日に終結した口頭弁論に基づき,次のとおり判決する。

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  原告が平成10年4月9日以降も被告の従業員たる地位を有することを確認する。

二  被告は,原告に対し,金159万8280円及び平成10年9月以降,毎月20日限り,1か月金39万9570円を支払え。

第二事案の概要

本件は,「労働能率が甚だしく低く,会社の事務能率上支障があると認められたとき」に該当するとしてした普通解雇が無効であるとして,原告が,被告に対し,従業員たる地位の確認と賃金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  被告は,損害保険業等を目的とする株式会社である。

2  原告は,昭和62年4月1日,総合職の従業員として被告に雇用されて研修部付となり,以後,同年6月1日に情報システム部企画第四課,平成元年1月1日に情報システム開発部企画第五課,同年4月1日に同課副主任,平成3年6月1日に情報システム開発部企画第一課副主任,平成6年6月1日に名古屋支店営業第一部副主任(ただし,着任せず。),同年8月23日に業務調査部開発第二グループ副主任となり,平成8年8月6日に東京海上あんしん生命保険株式会社(以下「あんしん生命」という。)開発部支援グループ副主任に出向(休職出向)し,平成10年3月23日に被告に復職して人事企画部副主任となった。

3  この間,原告は,<1>平成4年11月5日午前8時過ぎ,出勤途上,JR南武線武蔵小杉駅で階段を降りる際に左足を負傷した(傷病名は,左足関節捻挫,左立方骨剥離骨折)として,同月6日から平成5年3月5日まで4か月間,<2>平成6年3月22日午後7時ころ,私用で乗用車を運転して首都高速道路を走行中,ハンドル操作を誤りガードレールに衝突し,負傷した(傷病名は,左肘脱臼,左手関節尺骨茎状突起骨折,頸椎捻挫)として,同月23日から同年8月22日まで5か月間,<3>右膝内障で,平成8年2月8日から同年3月27日までのうち15日間,<4>歯神経痛で同月29日,<5>同年5月8日午前8時ころ,出勤するため,自宅から田園調布駅に向かう道路上で,靴紐を結び直し鞄を持って立ち上がった際に,腰部を負傷した(傷病名は,腰部椎間板ヘルニア)として,同日から平成9年4月28日まで約1年間,<6>歯痛(重度歯肉縁下カリエス)で,同年7月7日から同月10日まで4日間,<7>風邪(気管支炎症候群)をひいたとして,同年8月4日から同月8日まで5日間,<8>風邪(急性上気道炎)をひいたとして,同月15日から同月29日まで11(ママ)日間,<9>風邪(急性上気道炎)をひいたとして,同年9月10日から12日まで3日間,<10>同月23日,友人の乗用車のドアに右足を挟まれ負傷した(傷病名は,右足関節捻挫,右脛腓靭帯損傷)として,同月24日から後記解雇に至るまで約6か月間欠勤した(以下,右に付した番号により「本件欠勤<1>」等という。)。

4  被告は,原告が,普通解雇事由を定めた労働協約27条1項3号及び就業規則50条1項3号の「労働能率が甚だしく低く,会社の事務能率上支障があると認められたとき」に該当するとして,原告に対し,平成10年4月8日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

5  本件解雇時,原告に対しては,毎月20日に39万9570円の月例賃金が支払われていたが,被告は,平成10年5月分以降の賃金を支払っていない。

二  争点

1  普通解雇事由の存否

2  本件解雇の有効性

三  被告の主張<略>

四  原告の主張<略>

第三当裁判所の判断

一  争点1(普通解雇事由の存否)について

1  原告の出勤状況

(一) 欠勤について

(1) 平成4年11月から平成10年4月の本件解雇までの期間における原告の欠勤状況は前記第二の一3のとおりである。このうち,本件欠勤<1>は4か月,同<2>は5か月,同<5>は約1年,同<10>は約6か月という長期に及ぶものであった。

(2) また,証拠(<証拠略>)によれば,右各長期欠勤に関し,次の事実が認められる。

ア 本件欠勤<1>について

右欠勤期間中の平成5年2月20日ころ,上司の千葉課長が原告の自宅に電話を架(ママ)けたところ,原告は不在で,電話に応対した母親は,原告は伊豆方面に数日間の旅行に出かけていると述べた。原告は,その約2週間後から出勤するようになった。

イ 本件欠勤<2>について

原告の負傷状況に照らしてあまりにも欠勤期間が長いことから,被告は,原告の病状を本人から直接聴取することとし,原告に対し,平成6年8月8日に被告本店へ出社するよう指示した。しかし,原告は,出社して聴取を受けることは治癒を遅らせる要因になるとして,これを拒否した。被告は,納得できないとして,同月11日付け文書で再度出社を命じた。原告は今度はこれに応じて同月17日に出社した。そこで,人事・組織企画部の阪本課長が,被告の関連病院である海上ビル診療所の波呂医師の受診を指示し,原告もこれに応じた。診察の結果,同医師は,原告の負傷は既に治癒していると判断した。阪本課長はこれ以上原告の傷病欠勤を認める理由がないとして,翌18日に再度原告と面談して,業務調査部開発第二グループに配属となる同月23日以降の就業を命じ,原告もこれに応じた。

ウ 本件欠勤<5>について

被告は,欠勤開始後約6か月を経過した平成8年10月30日,原告に対し,病状を聴取するため同年11月6日に被告本店に出社するよう指示したが,原告は診断書を提出したのみで右指示に応じなかった。被告は,同年11月21日,私傷病欠勤を認定するに必要であるとして,原告に対し,担当者が原告同行の上,原告の主治医から事情聴取をすることについての同意を求めたが,原告はプライバシーの開示には応じられないとして拒否した。被告は,同年12月10日,原告に対し,同月17日に海上ビル診療所の佐藤医師の診察を受けるよう命じたが,原告は,12月中の出社は無理だとして,これに応じなかった。その後も原告は欠勤を継続したところから,被告は平成9年2月20日,再度佐藤医師の受診を命じた。

更に被告は,原告の主治医である糸川医師に,病状,就業の可能性,今後の見通しを文書で照会した。これに対し,同医師は,同月28日付けで,「腰痛残存するも日常生活上の支障はない。」「事務作業(デスクワーク)に就くことは十分可能と考える。」「1月16日より仕事に出ているとのことですが?」「現在まで治療が長引いているのは,治療に対して患者の積極的な態度が見られなかったことがある。」と回答した。

その後,原告は,同年3月5日に佐藤医師に受診する旨被告に回答したが,同日になってインフルエンザに罹患したとして,受診せず,その後も風邪(副鼻腔,気管支炎症候群)が治らないとして同年4月28日まで欠勤した。

エ 本件欠勤<10>について

被告は,欠勤開始後4か月を経た平成10年2月2日,原告に対し,同月5日に海上ビル診療所の佐藤医師の診察を受けるよう指示したが,原告は出社することは無理であるとして,これを拒否した。同月10日,被告が原告の主治医である清水医師に対して現在の病状,就業の可能性,今後の見通しについて文書で照会したところ,同医師は,就業は可能である旨回答した。そこで,同年3月11日,被告は出向先である,あんしん生命と連名で原告に対し就業を指示する命令を出した。しかし,原告は,清水医師は3月末まで安静療養が必要であるとの所見であるとして就業を拒否した。

同月20日,被告の人事担当者は清水医師と面談した。同医師は,人事担当者に対し,「靭帯が断裂している訳でもなく,レントゲン写真でも異常は認められず,医学的には既に治癒している。」「原告は,自分の仕事は会社に行かなくても自宅でできると言っていた。」「就業は可能である。」と述べた。

被告は,同月23日付け文書で,4月1日に出社するよう指示したが,原告は,清水医師は4月15日まで安静療養が必要であるとの所見であるとして出社を拒んだ。

(3) 原告の主張中,右(2)アの事実を争う部分(前記第二の四1(一)(1)イ(ア))及び同ウのうち糸川医師に対する原告の陳述部分を争う部分(前記第二の四1(一)(1)イ(ウ))は,いずれも前掲の証拠(特に<証拠略>)に照らし採用できない。

また,原告は,右(2)イに関し,病状を聴取するため出社を指示することは就業規則33条1項の趣旨に反すると主張する(前記第二の四1(一)(1)イ(イ))。しかし,証拠(<証拠略>)によれば,就業規則33条1項は,「前条に定める従業員が3か月以上引き続き欠勤した後出勤しようとするときは,被告の指定する医師の診断を受けさせ,医師が勤務に差支えないと認めた場合でなければ出勤させない。」と規定されていると認められるものの,同規定が,被告が病状を聴取するため従業員に出社を指示することを禁止していると解することはできず,原告の主張は採用できない。

(二) 遅刻について

(1) 証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 被告の始業時間は午前9時15分である(なお,終業時間は午後5時,休憩時間は1時間で,1日の労働時間は6時間45分である。)。

イ 原告の遅刻は,平成6年ころから次第に目立つようになり,原告の最後の長期欠勤(本件欠勤<10>)前2年間(平成7年9月1日から平成9年8月31日まで)では,出社日数166日のうち78日(割合にして約47パーセント)が遅刻であった。特に,本件欠勤<5>開始直前の平成8年4月は,21日の労働日(うち1日は有給休暇)のうち14日が遅刻で,しかも,午前10時台に出社した日が6日,午前11時間台と午後1時台が各1日であった。

原告の上司は,遅刻をしないよう繰り返し注意したが,原告は,「電車が遅れた。自分のせいではない。」などと述べ,反省の態度を示さなかった。

(2) 原告は,原告の遅刻が特段目立ったわけではないし,遅刻した場合も,すべて正当な理由に基づくものであったと主張する(前記第二の四1(一)(2))。

しかし,原告の遅刻が度を超したものであることは前記認定事実に照らして明らかであるし,遅刻が正当な理由に基づくものであったことについては,これを認めるに足りる的確な証拠はないから,右主張は採用できない。

2  原告の勤務状況

(一) 情報システム開発部所属当時の勤務状況について

(1) 情報システム開発部の概要等

証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 情報システム開発部では,被告が販売している損害保険における募集,販売,保険金支払い,保険料の集金,営業統計,経理,人事,融資,財務,再保険等に関わるコンピュータシステムの開発および保守に関する業務を行っていた。これらの業務を同部の七課で分担しており,各課では課長の下にそれぞれシステム開発・保守のチームを作って業務を遂行していた。

イ このシステム開発・保守における課員の役割分担は上位の順から,プランナー,デザイナー,アナリスト,プログラマーの4種類があり,開発・保守するシステムに応じて右4種類の役割を各従業員が受け持っていた。各役割の内容は,次のとおりである。

(ア) プランナーは,コンピュータシステム化の要請を経営方針・システム開発環境等を踏まえて総合的に検討し,実施の可否判断を行い,そのコンピュータシステムに求められる機能を明らかにする。コンピュータシステムの開発局面では,プロジェクト全体の進捗管理を行うとともにデザイナーを統轄する。総合職の従業員は,入社3年程度でこのプランナー業務を担当している。

(イ) デザイナーは,作成するコンピュータシステムをいくつかの機能に分割して,その機能単位に仕様書(概括仕様書)を作成する。保守局面では,コンピュータシステムの修正箇所の調査及びその修正による他のコンピュータシステムへの影響も合わせ調査して,概括仕様書を修正する。また,プログラマーによって作成されたプログラムの統合テストも実施する。総合職の従業員は,通常入社1年程度でデザイナーとして小規模なコンピュータシステムを担当していた(一部アナリスト業務と重複することがある)。

(ウ) アナリストは,デザイナーが作成した機能単位の概括仕様書を基にして,当該機能をさらにいくつかの機能に細分化し,細分化した単位毎にプログラム仕様書を作成する。細分化した機能全体が整合性をもって稼働するかの確認テストも行う。総合職の従業員は,入社初年度の後半にはアナリスト業務を担当し,半年ないし1年間で終了する。

(エ) プログラマーは,プログラム仕様書に基づいてプログラムの開発,テストを行う。総合職の従業員は,入社初年度にプログラマーに就き,概ね1年間で終了する。なお,前記のとおり,初年度後半にはデザイナー業務も担当するようになる。

ウ 原告は,平成3年当時,情報システム開発部企画第一課基盤整備計画チームに所属していたが,同チームは,<1>保険申込書に記入された内容が正しく引き受けられているかをチェックするためのコンピユータシステムの整備と,<2>保険契約内容のコンピュータへの収録及び営業統計・保険料の集金・経理等を他のコンピュータシステムで使用できるように保険データを加工するシステムの整備を行っており,<1>は更に,保険契約内容のチェックシステム(以下「データチェックシステムの見直し」という。)と保険料のチェックシステムに分かれていた。

(2) 平成3年6月から平成4年4月までの原告の勤務状況

ア 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

原告は平成3年6月当時,データチェックシステムの見直し業務を担当し,アナリスト,プログラマーとしての業務を遂行していた。

しかし,被告の原告に対する評価は低く,平成4年4月,当時原告の上司であった谷井課長は,原告に,業務量が少なく,新入社員よりも劣ること,知識,能力不足からその作成するプログラムには誤りが多く,指示された期限に業務を完成させることができなかった,チームを組んでいるプランナー,デザイナー,アナリスト,プログラマーとの業務上の連絡も不十分であった,勤務姿勢(態度)に関しては,行先を黒板に表示しないで頻繁に離席しており,私用電話,業務に関係ない手帳への記載もたびたびあった,出勤に関しては遅刻が多くあったことなどを指摘し,原告に抱負を報告させた。

イ この点に関し,原告は,当時コボル言語を使うようになってまだ1年程度しか経過しておらず業務に習熟していなかった,デザイナー講習を完全に受講していないと主張する(前記第二の四1(二)(2)ア)。

しかし,証拠(<証拠・人証略>)によれば,原告は,平成元年3月までに,EDPS初期講習,新人アナリスト講習及びデザイナー講習を受講したと認められること,前記(1)イのとおり,多くの従業員は,半年ないし1年でアナリスト,プログラマーとしての業務は十分こなせるようになっていると認められることに照らし,採用できない。

(3) 平成4年4月から同年11月までの原告の勤務状況

ア 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 千里有事MM(契約メインマスター)同期管理システムのプログラム作成について

同プログラムの作成(新設)については,飯島がデザイナーを担当することになり,その下にアナリスト1名,プログラマー2名が配置され,原告は右アナリストを担当し,分割された2本のプログラムがプログラマーによって正しく作成されているかを,統合テストによって検証する役割を担っていた。

原告がアナリスト業務を指示されたのは平成4年4月24日で,完了期限は同年5月11日,本番日(カットオーバー)は同年7月30日と予定されていた。そして2人のプログラマーは予定どおり作業を遂行し,原告にプログラムを提出した。

原告は,期限後同年5月15日に飯島にプログラムを提出したが,プログラムのテスト結果を飯島が検証すると,原告は本来アナリストとして行うべき統合テストを何ら実施しておらず,プログラマーが各プログラム単位に実施したテストをそのまま実施していただけであることが判明した。そこで飯島は原告に対して統合テストを速やかに実施するよう指示した。しかし,原告は右指示を実行しないまま放置した。

その後,同プログラムの1つに修正作業が発生し,デザイナーの飯島の下にアナリスト,プログラマー各1名の要員が配置されることになった。そして検討の結果,原告が前回のアナリストとしての新設作業が終了しないうちの修正作業であったため,この修正についても原告にアナリスト業務が指示された。指示された日は同年6月17日で完了期限は同年7月3日であった。

プログラマーは予定どおり修正作業を終えて原告に提出したが,原告は,本番予定日の7月30日を過ぎても提出せず,グループリーダーの土井課長代理や千葉課長が提出を指示したが,提出しなかった。そのため,最終的にデザイナーの飯島が引き取り,原告が行うべきアナリスト業務を終了させた。

(イ) 「新PTS(口座請求システム)計上対応」プログラム作成について

PTSシステムとは,保険料を銀行の口座から振り替えるためのデータを作成するシステムであり,企画第一課の川島康副主任(以下「川島副主任」という。)がプランナーとして,このPTSの再構築に伴う勘定系システムの修正作業を行った。デザイナーは外部の業者(TCC社)で,原告は右システムに係る「GV2330(請求書データ交換)」というプログラムの,アナリスト兼プログラマーを担当した。

原告は平成4年6月4日に担当を指示され,完了期限は同月18日とされた。ところが期限を過ぎても,原告からデザイナーである外部業者にプログラムが提出されなかったため,外部業者の担当従業員から川島副主任に対して苦情があり,これを受けて川島副主任が原告を質したところ,原告は作業に全く着手していなかった。

川島副主任から報告を受けた千葉課長が原告を呼んで速やかに完了させるように指示したところ,原告は同年7月6日,プログラムを終了させたと報告した。しかし,川島副主任がそのプログラムの内容をチェックしたところ,仕様どおりになっておらず,修正の必要のない箇所まで修正するなどの誤りが多数発見され,プログラムとしては使いものにならない状態であった。川島副主任は,統合テストの期日が迫っていたこと,原告に指示しても確実に修正することができるか不安があったことから,原告に再修正を命じず,自分で全部修正し直した。

(ウ) 物流業務への担当換え

千葉課長は,平成4年7月14日,原告と面接し,仕事の成果が極めて不良であり,被告の従業員としての自覚を欠いていると注意・指導した。

これに対し,原告は,「改善しようと思っている。しかし,努力が伴わない。」「仕事の期限にとらわれていない。」「他の人が行っている業務量を自分に求めているのではないか。」などと反発した。

被告は,原告に,今後も継続して同一の業務を担当させることは,業務に重大な支障をもたらし,関係者に多大な負担をかけることになると判断し,同年9月ころ,原告を,外部の業者が作成した概括仕様書の関連部への仕訳・発送等を内容とする物流業務へ担当換えした。千葉課長は,右の物流業務を原告に担当させるにあたり,青木涼子主任(以下「青木主任」という。)に指示して,原告に対して業務の内容を一通り説明させた。

(エ) 物流業務担当中の勤務状況

平成4年10月ころ,業務管理部から照会があったため,広畑握子副主務(以下「広畑副主務」という。)が,原告がパソコンに入力した内容をチェックしたところ,新旧のエラーコードの登録が誤っていたり,エラーメッセージを登録する関連会社への依頼が漏れていることが判明した。広畑副主務は青木主任に報告して2人で原告が行ったパソコンの入力内容をチェックしたところ右のような問題点が多数発見された。そこで千葉課長に報告して対策を協議し,このまま放置していたのでは,物流業務に多大な支障が生じることが予想されること,原告に修正を指示しても,いつ完了するか分からないことから,青木主任と広畑副主務の2人で修正作業を行うことにした。青木主任と広畑副主務は,所定の勤務時間外に修正作業を行い,原告がそれまで入力した新旧エラーコード,送付日,返却締切日等を全部チェックして誤りを修正していった。右作業は2日間残業してようやく終了した。

青木主任は,この件について原告に注意し,さらに原告が物流業務を正しく理解しているかどうかを確認し,指導するため,広畑副主務を同席させて,原告が行うべき作業をホワイトボードに書かせて指導した。また,千葉課長は,原告に各手順での事後点検をするように指示したが,原告は,「事後点検をするように指示を受けなかったので,チェックをしていない。」と答えた。

なお,同年11月6日の本件欠勤<1>開始後は,入社1年目の木戸あゆみが物流業務を担当するようになったが,同人は他の業務も担当することができた(物流業務は入社1年目の従業員が他の業務と並行して処理できる程度の業務量であった。)。

イ 原告は,前記ア(ア)及び(イ)について,当時,前記業務以外にも複数の業務を抱えていて,同業務のみに専念することができなかった,被告においては,業務の期限の設定自体,担当者がその時点でどの程度の業務を抱えているのかに一切関係なく,新たに与える業務量に従って一律に決定されるため,完成期限を長くて1週間程度遅れることがあってもやむを得ないものであると主張する(前記第二の四1(二)(2)ア)(ママ)

しかし,前述した原告の業務の遅れは1週間にとどまらず,また,原告の業務遂行上の問題点は期限の遅れにとどまらないのであるから,右主張は失当である。

(4) 平成5年3月から平成6年3月までの原告の勤務状況

ア 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) ワープロ業務担当中の勤務状況

被告は,本件欠勤<1>後の平成5年3月から,原告に,既に作成された手書きの概括仕様書をワープロに入力する業務を担当させた。

同年4月,千葉課長は原告に,就業時間内で1時間につき3文章を入力して作成するよう指示した。これは新人でも処理可能な業務量であったが,原告の実績は,同月が1時間当たり1.6文章,同年5月は1時間当たり1.2文章であった。そこで,千葉課長は1時間当たり2文章,1週5営業日で60文章を入力作成するよう改めて指示した。5営業日を経たところで原告は62文章できあがったと報告して提出した。しかし,千葉課長が点検すると51文章に過ぎなかった。しかも,正しく入力作成されたものは19文章に過ぎず,残りの32文章には計61か所の誤りがあった。

(イ) 再度の物流業務への担当換え及びその後の勤務状況

被告は,平成5年7月から原告に再度物流業務を担当させたが,原告は,<1>情報システム管理部事務サービス課には概括仕様書のコピーを送付するべきなのに,原紙を送付した,<2>概括仕様書を関連部署に送付する際には,当該チェックシステムの稼働予定日をパソコンに入力することになっているところ,誤って1か月早く入力した,<3>業務管理部への概括仕様書の送付を速やかに行わずにためこみ,数日分の概括仕様書をまとめて送付した,<4>情報システム管理部事務サービス課にエラー解析に必要な関連項目を登録する依頼をすべきところ,依頼先を誤って外注業者に送付した,<5>業務管理部への送付に際し,概括仕様書のページを抜かしたり,コピーを斜めにとって判読できない状態で送付したなどして,関係者間に混乱を生じさせたり,苦情を受けるなどした。

1か月程度の短期間に右のような問題が生じたため,千葉課長は,同年8月6日,データチェックプロジェクトの担当メンバー(青木主任,原告,広畑副主務,敷地文子)を集めて会合を開き,話し合った。しかし,原告は,「自分では気をつけている。」「コピー機のトラブルである。」などと述べて,反省の態度を示さなかった。

(ウ) 再度のプログラマー業務への担当換え及びその後の勤務状況

被告は,平成5年8月から原告に再度プログラマー業務を担当させた。

しかし,8月から9月にかけて担当を指示された11のプログラムのうち,原告が期限どおりに終了させたのは3プログラムだけで,残りはいずれも期限内に終了させることが出来なかった。

千葉課長は,同年10月13日に原告と面談し,成果が極めて少ないことを注意・指導したが,原告は,「コンピュータが混んでいる。」「もっと期限を延ばして計画を立てるべきである。」と自己弁護に努めた。

イ 原告は,前記ア(ア)のワープロ業務について,このころ被告は原告の解雇の準備を行っていたものであり,そのような意図で収集した記録を基に,原告の能力の不足を主張し,これを理由として解雇することは,労働契約の当事者間の信義則に著しく反するのであって,到底許されるべきことではないと主張する(前記第二の四1(二)(2)ウ)。

しかし,被告はワープロ業務を担当させた後に,物流業務やプログラマー業務への担当換えを行い,その後も他の業務を担当させているのであるから,解雇を意図してワープロ業務を担当させたとは到底認められず,原告の主張は理由がない。

(5) 企画第一課所属当時の無断離席

ア 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

原告は,勤務時間中の無断離席が多く,しかも長時間戻ってこないことが度々あった。例えば,平成4年9月7日の離席時間は合計57分であった。

千葉課長は,その都度原告に注意・指導したが,原告は,反省の態度を示さなかった。

イ 原告は,離席の理由として,コピーやプリントアウトの都合,コンピュータ端末の混雑を挙げ,正当なものであったと主張する(前記第二の四1(二)(2)エ)。

しかし,千葉課長の証言と弁論の全趣旨によれば,千葉課長が注意した際には,原告は右のような理由を挙げてはいなかったと認められるのであって,原告の主張は採用し難い。

(二) 業務調査部開発第二グループ当時の勤務状況について

(1) 業務調査部開発第二グループの概要等

証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

平成6年8月当時,被告の業務調査部は,生命保険事業参入のため調査研究を担当しており,このうち原告が所属していた開発第二グループ岩崎チームでは,主に新チャネル(販売ルート)の制度構築に向けた調査・企画・立案を担当していた。

(2) 原告の勤務状況

ア 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 原告が平成6年8月に開発第二グループに配属になった直後,被告は,生命保険事業や新チャネルの内容を理解させるため,原告に生命保険事業基本計画や新チャネルの検討資料を読ませ,業務の全体像の理解に努めさせた。

しかし,原告に他社の課題についての検討資料を作成させたところ,原告は,参考にしたソニー生命の支社長と営業所長の役割を取り違えるなど,理解不足が目立った。

(イ) 被告は,原告に当初,人事制度,事務・会計及び事業計画・収支予測の業務を分担させたが,原告は,<1>事業計画の前提となる支社数,営業所数,ライフパートナーの採用数を検討して数値を設定し,これを案としてチームに提示する必要があるのに,これを提示できず,<2>作成すべき「収支予測前提の比較」を作成せず,<3>平成8年4月8日,長崎主任がライフパートナーの所長・支社長の新・旧の報酬制度のシミュレーションを同月12日までに行うよう指示したにもかかわらず期限までに提出せず,その後提出したものも,間違いが多くあった,<4>就業規則,福利厚生制度,組合問題,資格制度,職種転換制度,評価制度の6項目について検討して仕上げる必要があるのに,検討して整理することができたのは福利厚生制度だけであった,<5>事務・会計の事項に関して,全体のフロー図をまとめ,評価を検討してマニュアルを作成する必要があるのに,フロー図の一部を作成したのみで,その後フローを決定してマニュアルを作成する業務を完了することができなかった,<6>平成7年8月25日,岩崎課長が同年9月1日に予定されている被告企画グループとの打合わせ資料を作成するよう指示したところ,打合わせ当日になって未完成の資料を提出したなど,その役割を果たすことができなかった。

(ウ) 原告は,チームメンバーの打合せの場でしばしば居眠りをしたり,勤務中に菓子類を食べるなどし,岩崎課長から注意・指導を受けた。

(エ) 原告は,勤務時間中の離席が頻繁にあり,1回の離席時間が40分ないし50分に達する場合もあり,岩崎課長が注意をしたが,「自分はトイレが長い。」などと発言した。また,平成7年7月21日には,妻に通帳を渡すため勤務時間中に外出した。

(オ) 原告は,就業時間中の私用電話や業務に関係ない自分の手帳へのメモの記入などが多かった。

イ 原告は,前記ア(ア)の役割の取り違えはこの書類を作成したパート労働者のワープロミスであると主張する(前記第二の四1(二)(3)ア)が,岩崎証言に照らし採用できない。

原告は,前記ア(イ)についても縷々主張する(前記第二の四1(二)(3)ウないしカ)が,事実を争う部分は前掲の各証拠に照らし採用できないし,その余の部分も弁解の域を出るものではないのであって,原告の適格性についての判断を左右するに足りるものではない。

(三) あんしん生命開発部支援グループ当時の勤務状況について

(1) あんしん生命開発部支援グループの概要等

証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

業務調査部は,あんしん生命が被告の子会社として平成8年8月6日に設立されると同時に,組織全部が同社に移り,開発第二グループ岩崎チームは同社開発部支援グループとなり,所属従業員も全員が出向して同グループに所属し,主としてライフパートナーチャネル制度の運営,戦略策定,営業推進全般を担当した。

(2) 原告の勤務状況

ア 証拠(<証拠略>,証人岩崎行雄)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 岩崎課長の指導

岩崎課長(当時グループリーダー)は,原告が本件欠勤<5>後に就業を再開するに当たり,平成9年4月30日に面談して,具体的な業務を指示するとともに,<1>勤務時間中は業務命令に従い,指示事項を確実に実行すること,<2>プライベートなことは職場に持ち込まないこと,<3>私語は慎むこと,<4>遅刻・早退は遅刻・早退簿に必ず記入すること,<5>離席に際しては了解を得ることを指導した。

(イ) 生命保険ハンドブック作成

岩崎課長は平成9年4月30日,原告に対して生命保険ハンドブックの作成(生命保険契約に関する既存の事務処理説明ペーパーや契約関係帳票等をクリアホルダーに入れて作成する作業)を指示した。これは,既に一般職の従業員が30冊作成したものであり,岩崎課長は,2日半で作業が終了するとの同従業員の説明を参考にして,原告に対して25冊を3日間で仕上げるように指示した。

しかし,原告が不足している帳票を除いて一応完成させたのは同年6月3日であり,実際の就業日数で11日間を要した。不足帳票の補充を終了したのは同月13日で,内容を点検すると,マーカーでラインをつけるところが欠落しており,その追加作業でさらに数日を要し,結局,ハンドブックの作成作業を完了したのは同年7月3日であった。

(ウ) 手数料率比較表作成

岩崎課長は,平成9年6月3日,原告に対して,保険種類別・年令(ママ)別手数料率について,あんしん生命とソニー生命の比較表を作成し,両者の優劣を明らかにするよう指示した。所要日数については10日間と指示した。

原告は同月10日からこの作業に取り掛かったが,完成しないまま,本件欠勤<10>に入った。

(エ) 無断離席

原告は,この当時も無断離席が多く,例えば,平成9年8月12日の離席時間は合計100分であった。これは1日の労働時間6時間45分(前記一1(二)(1)ア)の約4分の1に当たる。

岩崎課長が注意しても,原告は,「トイレに行ってきた。生理現象にまで介入するのか。」,「プライベートなことだ。」などと反発して反省の態度を示さなかった。

イ 原告は,前記ア(イ)について,帳票の不足が遅れの原因である,こうした作業を原告に与えること自体,被告の嫌がらせであると主張する(前記第二の四1(二)(4)ア)が,前者については,不足分以外の部分の作成も大幅に遅れていたと認められることから,後者については被告に嫌がらせの意図があったと認めるに足りる証拠はないことから,いずれも採用できない。

原告は,前記ア(ウ)は原告の能力の不足によるものではないと主張する(前記第二の四1(二)(4)イ)が,能力の不足を示すものではないとしても,不適格の判断材料となることは,後記3のとおりである。

原告は,前記ア(エ)についても,業務のために席を外した時間であったのか明らかでないと主張する(前記第二の四1(二)(4)ウ)が,離席に際しては了解を得るよう求められていた(前記ア(ア))ことからすると,業務のための離席であれば,事前に岩崎課長の了解を得ていたと考えられること,岩崎課長から注意された際には生理現象であるなどと答えることが多かったことからすると,一部に業務のための離席が含まれていた可能性があるにせよ,その多くは業務以外の理由であったと推認するのが相当であり,原告の主張は採用できない。

3  普通解雇事由該当性

(一) 前記1及び2の各認定事実によれば,原告は,平成4年11月以降,四度の長期欠勤を含め傷病欠勤が非常に多く,その総日数は本件解雇までの約5年5か月のうちの約2年4か月に及び,長期欠勤明けの出勤にも消極的な姿勢を示したこと,出勤しても遅刻が非常に多く,離席も多かったこと,出勤時の勤務実績も劣悪で,担当業務を指示どおりに遂行することができず,他の従業員が肩代わりをしたり,ときには後始末のために少なからぬ時間を割かなければならず,被告の業務に支障を与えたことが認められる。

これらによれば,原告は,労働能率が甚だしく低く,被告の事務能率上支障を生じさせていたというべきである。

(二) 原告は,出勤状況に関し,当該労働者が会社の許可を得て病気欠勤をし,あるいは有給休暇を取得した期間は,労働能率の判断から除外されなければならないと主張する(前記第二の四1(一)(1)ア)。

しかし,そもそも被告は有給休暇の取得を労働能率が低いことの根拠とはしていない(例えば,<証拠略>によれば,原告は,平成8年5月8日に始まる本件欠勤<5>直前の同年4月30日から同年5月7日までの間の労働日4日すべてに有給休暇を取得し,本件欠勤<6>終了の日の翌日である平成9年7月11日から本件欠勤<10>が始まる前日である同年9月22日までの期間にも,本件欠勤<7>ないし<9>以外に半日休暇,特別休暇及び有給休暇を多数取得し,全日出勤したのは7日のみであったと認められるが,被告はこれらの有給休暇等の取得自体を問題とはしていない。)。

また,「能率」を「一定の時間に出来上がる仕事の割合」と定義づけるとしても,「一定の時間」から傷病欠勤の期間を除外する理由はない。むしろ,原告・被告間の法律関係が雇用契約関係であることからすれば,原告の主張は採用し得ないというべきである。すなわち,雇用契約においては,労務の提供が労働者の本質的な債務であり,まして被告は,原告を,総合職の従業員として期限を定めることなく雇用したのであるから,被告としては,ときには傷病等で欠勤することがあるにせよ,原告が長期にわたりコンスタントに労務を提供することを期待し,原告もそのような前提で被告に雇用されたと解されるところ,このような雇用契約関係下で,傷病欠勤が多く,労務を長期にわたって提供できないことを,従業員(労働者)としての適格性判断の材料にできないというのは不合理であるからである。この理は,個別の傷病の際に被告が欠勤を許可した事実の有無により,左右されるものではないというべきである(なお,被告が,原告の各欠勤が長期にわたることをあらかじめ承諾していたとは認められない。)。そして,平成3年6月以降本件解雇までの約6年10か月の期間に,原告ができた仕事(業務)が前記2のようなものに過ぎなかったという観点からみれば,有給休暇を取得した期間を除外したとしても,原告の労働能率は著しく低いというほかないのである。

(三) 原告は,勤務状況に関しても,要旨,<1>原告に与えられた仕事の期限はサービス残業を行うことを前提として与えられたものであるから,その期限内に仕事の完成を見なかったことの一点をもって原告の勤務実績が悪かったとはいえない,<2>被告は,原告を高度な知識と能力の発揮を求められる部署に配属していたのであるから,原告には,そうした業務をこなしうる能力があると評価していたというべきであるのに,ワープロ入力業務や物流業務を原告に担当させ,そこにおける単純ミスをもって原告に決定的に能力が不足していたかのように評価するのは誤っている,<3>勤務実績の判断においては,被告のコピー機,コンピュータ端末の不足といった制約があったことや,被告が原告に命令残業を認めなかった点も無視されるべきではないと主張する(前記第二の四1(二)(1)アないしウ)。

しかし,前認定のとおり,遅くとも原告に物流業務を担当させるようになった平成4年9月ころ以降,被告は,原告には担当させていた業務を担当する能力がないと判断して順次担当換えをし,業務量も軽減していったものであり,残業をしなければ処理できないほどの業務を担当させてはいなかったと認められるから,右主張はいずれも理由がないといわざるを得ない。

(四) よって,原告は,普通解雇事由を定めた労働協約27条1項3号及び就業規則50条1項3号の「労働能率が甚だしく低く,会社の事務能率上支障があると認められたとき」に該当すると認められる。

二  争点2(本件解雇の有効性)について

1  解雇権の濫用の有無について

(一) 原告の上司らが指導を続けてきたことは前認定のとおりであり,それにもかかわらず,原告の勤務実績,勤務態度は変わらなかったものであるし,本件解雇時まで継続していた本件欠勤<10>では,出勤して労務提供を提供する意欲が原告に見られなかったのであるから,被告が原告を解雇せざるを得ないと判断したことには客観的に合理的な理由があるのであって,本件解雇が解雇権の濫用に当たるとはいえない。

(二) 原告は,勤務実績が平均的な従業員の水準に達していないとしても,職場から排除しなければ適正な経営秩序が保たれない程度までには達していない限り解雇は理由がなく解雇権の濫用であると主張する(前記第二の四2)。

原告の主張をそのまま採用することはできないが,既に認定・判断したところによれば,被告が原告の雇用を維持することは,誠実に勤務している他の従業員の不満を招き,ひいては被告の適正な経営秩序が保たれなくなるおそれがあったというべきであるから,原告の主張を前提としてもなお,本件解雇が解雇権の濫用に当たるとはいえない。

2  解雇手続について

(一) 証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

原告も所属する組合と被告との労働協約27条2項,同条1項3号は,被告が従業員を解雇する場合は,組合と協議決定すると定めている。

被告は,平成10年3月17日,組合に対して原告の解雇を提示し,解雇理由等を説明し協議した。組合役員は同月24日,原告と面談して原告の弁明を聴取した。そして,被告と組合は,同月26日と同年4月2日,協議を行い,組合は,同年4月6日の労使協議会の席上,本件解雇を了承する旨の意思表示をした。そこで,被告は右同日付の内容証明郵便により,原告に対して本件解雇の意思表示を行った。

(二) 右事実によれば,本件解雇は手続上も適正に行われたと認められる。

三  結論

よって,本件解雇は有効であり,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島健太郎)

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